語学留学で出会ったカメラと、20代を捧げたSNS依存との戦いの話。

趣味で風景写真を撮影している大谷です。普段、「おおたに。」という名前で活動していますがここでは、大谷で行きます。
今回は1回目のということもあり、私の原点を詰め込んだら少し長くなってしまいました。お時間のある時に、コーヒーでも飲みながらゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
はじめに
まず、ここで文章を書くきっかけとなったのは、The Letterの担当者様からいただいた一件の連絡。実際にお話を聞いてみると、「これは自分の人生を豊かにする、何か面白い発見がありそうだ」と直感しました。
今まで、ブログやNoteを書いたことがありますが、正直続いてきませんでした。
文章書くのは特別に得意じゃないし。笑
だけど、今回は担当の方から「やってみませんか?」と背中を押してもらったからです。
そこにモチベーションを乗っけて自分の写真人生に対する考えを「大谷的な写真思考術」としてこの世界にばら撒いていこうかなと思っております。
さて、そもそも「あなた、何者?」って感じでしょうから、まずは自己紹介がてら、本記事のタイトルにもある通り、私が写真に出会ったきっかけと、SNS依存と戦ったみたいなところの話をします。
カメラとの遭遇
大学3年の12月〜1月に約1ヶ月間オーストラリアに語学留学していました。
留学した理由は、『就活で「留学したぜ」って言えるようにしときたい』みたいな浅はかな思考。
英語力は皆無状態でした。(全教科の中で一番苦手。汗)
そのため、オーストラリアを留学の舞台に選んだ理由も、なんか、自然が綺麗そうだから…笑
当時、写真を撮ることに強い興味があったわけではありません。
ただ「せっかくなら綺麗な風景でも撮りたいな」という軽いノリで、新しいスマホ(Xperia)だけを握りしめて留学へ旅立ちました。笑
そもそも、「旅行が好き!」とかいう感情に興味はなく、どちらかといえばバスケ&ゲームなよくある?学生生活を送っていました。
なので、「オーストラリアに行く」という経験そのものが個人的には、ぶっ飛んだ新しい体験だったわけですね。

出国直前(成田空港)_スマホ撮影
オーストラリアでは、1ヶ月間、ホームステイでお邪魔しました。
英語の能力としては、自他ともに認める「コイツ、ハナセナイワ」って思われる状態。
そのため、ホームステイ先でも、アドレナリンが切れると共に、非常に申し訳ない気持ちが募っていきました。
その時にとった作戦が「家にいたくない!外出だ!なぜなら気まずいから!」
結果的に、1ヶ月という短い期間の中で、様々なところに行きました(連れて行ってももらった)。

Green Island_スマホ撮影

場所不明_スマホ撮影

場所不明_スマホ撮影

場所不明_スマホ撮影
オーストラリアの夏(クリスマス)を体の芯まで体験してきました。泣
運命の日
そして、運命の日が訪れました。
2016年1月10日
ここまで全て結果論です。
必然か偶然か分かりませんが、オーストラリア滞在の最後の方に訪れたブルーマウンテン国立公園が私にとっての「ここが私のアナザースカイ!」になりました。

ブルー・マウンテンズ国立公園_スマホ撮影
当時、20歳だった私にとっては「圧倒的な広大さ!」の空間で「えぐい!」ところでした(語彙力)
そして、そうです。そうなのです。
この場所で、この「エグい」を一眼レフで撮影している人がいたのです…
正直、その当時はスマホのカメラでも満足していました。
ただ、「一眼レフ」という機械で写真を撮るとその世界はどのように見えるのだろうか…
というところにめっっっっちゃ興味を持ち。。。
帰国してから、少し落ち着いた段階で「人生初のカメラ」を購入しました。
メーカーではなく、値段で選んだ記憶があります。
あれ?英語はどうなった?っていう話ですよね。
英語については自分の中で、なぜ上達できないかの課題はあって性格的なところな気がしてるのです。
蛇足が多すぎますが、大谷は、こうやって「カメラと遭遇した」わけなのです。
「1月10日は、大谷がカメラに遭遇した日」です。
これは、テストに出るので覚えておいてください、。笑
この留学という経験で、私は英語ではなく人生を大きく変える趣味に出会えました。
写真を撮り始める
カメラと遭遇してからは、ただカメラを介して世界が広がるのが楽しかったのです。
カメラは、ただ私の世界を広げてくれただけではありません。
ファインダー越しの被写体に対する興味が湧き、私の「知識欲」を強烈に刺激してくれました。
この知識欲が、当時の私には不足していた部分であったためか、ベストマッチしました。
そして、その知識欲の矛先が向かったのが、現在も撮影に行く頻度が高い「神社仏閣」だったというわけですね。




単純な「綺麗」「カッコいい」「素敵」の感情ではなくて、この建物は「誰が」「どうやって」「いつ」「何のために」建てたのか?という、現在の我々が見えない裏側(つまり、歴史)に触れるのが非常に楽しかったのです。
ちなみに、歴史を覚えるために活動してなかったので、知識的には定着してません。笑
そして、ただ普通に写真を撮影し続けるのではなく、「100社!巡ろう!」という目標を設定し私のカメラ人生は動き出しました。
結果的に、就活では英語ではなく、写真を通じて得たことをアピールポイントにしつつ、無事に現在勤めさせていただいている会社へ入社。
目標だった「100社」も半年も経たずに達成。

熊本地震修復中の熊本城
インスタでも100社突破した記録が残ってます。
そして、無事に大学を卒業しました。
仲間との出会い
ついに、社会人になりました。
住む場所も生き方も丸っと環境ごと変わったため、そこに順応するのか大変であまり活動できない日々が続きました。
2ヶ月が経過した頃から、少しずつ愛知県の世界を広げに行き始めました。

カメラも更新された

名古屋テレビ塔
この当時は、SNSで他の人の写真を見て「行ってみたい!」「真似して撮ってみたい!」という思考には至らず、近くの観光地にいくスタイルです。
また、「写真を勉強する」みたいなことも強く考えたことはなかったです。
だた単純にその土地に訪れ空気に触れ世界を広げることが楽しかった。
写真の楽しみ方的には、この頃が1番純粋で真っ直ぐだった気がしますね。
ただ、ここでまた人生の流れが大きく変わる転機が訪れます。
12月の名古屋港
それは、12月でした。
毎年12月の名古屋港では磯谷煙火店が手がけるクリスマス花火大会が開催されます。
今まで「誰かと写真を撮る」と言う経験を、知らない人としたことはありませんでした。
そこで、インスタのストーリーで募集されていた花火大会の誘いに、ふと乗ってみたのです。
結果的に、その時出会った彼の存在が、私の写真活動に大きな影響を与えることになりました。
彼とは、この日を境に「100日以上を共に撮影に行く」ことになります。(正確な数字は知らんけど)
同じ部活をやってる仲間みたいな関係ですね。

「彼」と「富士山」
さて、この彼はどんな人間だったのか?
私から見ると「容赦がない人間」です。
大谷のこの写真、暗すぎるわ。暗すぎて、何が写ってるのかなんも分からん。
○○さんの写真、マジでヤバいよ。顔もイケメンやし。写真も上手くてずるいわ。
割と強い言葉で思ったことを、ストライクゾーンど真ん中に200キロでぶつけてくるタイプです。
それに加え、色々な人に絡みに行くコミュニケーション能力を携えていたので、私にとっては「スーパーコネクター」。
極め付けに、私が1人では興味を持たなかったであろう場所へ連れて行ってくれました。
これは、私にとって、それらは全て衝撃的な体験でした。
いつも言ってるけど「マジ感謝」
彼との対話は、私が当時持っていなかった「新しい価値観と評価軸」を提供してくれたのです。


この辺りから、写真のレベルがガンガン上がって行き始めました。
「他人との対話」が、自分の中に新しい価値観を生み出す。
「他人の評価軸」を知る事で、「自分の評価軸」とのズレに気づく。
写真に対する解像度が劇的に上がりました。
これを、「自分」と「仲間」とひたすら壁打ち的に繰り返せた。結果的に、現在の私に繋がっていると思ってます。
また、彼が撮影地の目標地を決めた時。
私の役割は、その付近で撮影できる場所を探す役割を担っていました。
この辺から、「何か良い撮影場所ないかな?」を探すことが習慣化され、SNSで写真を浴びるように見るきっかけになりました。
SNSへの執着
写真を浴びるように見始める中で、「あの人が凄い」「あの写真を真似したい」と思うようになりました。
そして、最終的には、「負けたくない」と言う気持ちが走り出しました。
「このスポットで一番良いと言われる写真を撮ってやる!」
ここまで聞くと、良い方向に進んでいるなと思いますよね。
ただ、良いことばかりでもなかった。
ただ、当時は現在とは異なり、写真を1枚投稿するだけでも沢山の反応が得られやすい時代でした。
そのため、写真と共にインスタのいいね数も100、500、1000、5000、、、と馬鹿みたいに増え始めました。
もう、ドーパミンがドバドバで寝ても覚めても「自分の投稿がどれだけいいねされるのか?」が気になって仕方がない状態に支配されてしまったわけですね。
つまり、「SNS依存症」って奴ですよ。
20代は、どんな人生だったかと評すると「SNS依存の人生」です。笑
依存ってキーワードを出すと、悪者扱いしている様な感じがしちゃいますが、SNSに依存した結果、良かったこともあります。
依存して良かった点
日本中に知り合いが増えた。未だにリアルで会ったことない人がいるぐらいに。
どうやれば、SNSを攻略できるかを魂を燃やして考えた。ネットの情報、書籍、研究論文等を読み漁り試した。当時の私にとってはとても大切なことだった。
私の中の世界が更に広がり「日本の素晴らしさ」を強く認識することができた。
1枚で写真を見せる能力に磨きがかかった。
特に、インスタもツイッターも「いいね」と「フォロワー」と言う2つの数字が跳ねたことで、それが生きるための活力や自信に代わりました。
本当に、「何者」かになれるような、なれたような、そんな気持ちにさせられていました。
ただ、現在の視点で振り返れば、自分に実力があったのではなく、SNSの「アルゴリズムに踊らされていた」に過ぎなかった。
正に、SNSから「依存させられていた」と昔の私を評価してます。
依存して悪かった点
他人のSNSの「数」と自分のSNSの「数」を比較し、攻略しようとし続けた結果、写真が撮れないぐらいに病んだ。
写真を自ら進んで撮れなくなった。誰かが誘ってくれないと写真を撮りに行くための体が動かない。(不思議と誘われたり依頼されると撮れる)
写真を撮るという趣味に対して、「病む」と言う異常事態が発生し、モチベーションが完全にキレました。
方向性も見失い、2022年〜2023年が特に良くなかったです。
知る人ぞ知る、「365日カレンダー投稿」みたいなことをやってましたわ。
私の場合、良かった点が人生を変えるレベルで良かった。
そこため、悪かった点も大きく跳ね返ってきて私にぶつかりました。
このような経験ができたのも、人生的にはプラスになったのかなと考えてます。(自分に言い聞かせる。笑)
SNSとの戦い
そこから、ずっと趣味に対する病み期間です。
ただ、完全に病み期間に入った段階で、SNSとは関係のないところに逃避しないとヤバイという気持ちが芽生えてきました。
「クソ!好きなものを、SNSに奪われてたまるか!」みたいなところではあります。
その結果、写真を介して何かをする現在のスタイルにたどり着きました。
本気で写真を教える
知識や考えを伝達するSNSのアカウント
オンラインコミュニティ
新しいジャンルに挑戦
そもそも人生設計をした時に、『いつまでも写真ばっかり撮ってられないしなぁ』みたいな現実的な焦りもありました。
角度を変えつつ、写真にしがみつく形で右往左往しながら「色々とやってみる」というスタイルを維持しています。
その中で「自分が撮りたいもの」を探りながら試しながら生きている段階です。
また、このThe Letterへの執筆もそのひとつです。
でも、人生って不思議なものですね。
こうやって文章を書き進め、過去の自分と向き合っているうちに、自分が「何を撮りたいのか?」を思い出すことができました(なんてこった)。
まさか、文章を書くことで自分の写真の現在地が整理されるとは思ってもみませんでした。
私が思い出した「本当に撮りたいもの」については、長くなってしまうので今後のレターで書きたいと思います。
このような自分を見つめ直す最高の機会を与えて背中を押してくれたThe Letterの担当者の方には、今はただ感謝しかありません。
最後に
長い自己紹介になってますが、これが私のこれまでの経歴的なところになっております。
あんまり長くなると良くないと考え、内容を省いている場所もあります。(それでも長い…笑)
その省いた箇所を文章として、ひとつづつ積み重ねていければ良いのかなと感じております。
改めて文章を書いて感じたこと。
それは...
人生を変えるきっかけになる人は、今の自分以外の誰かです。
例えば、共に話してくれる友人だったり、はたまた過去の自分だったり。また、このような機会を作ってくれる人だったり。
人間関係構築は得意分野ではありませんが、その辺は将来の自身のためにも頑張って積み重ねて行かなきゃなぁーと感じる次第であります。
そのような、学びがあったことを結びとしてこの文章を終わりにしたいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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